

第1フェーズでは、「社会」と「個人」の観点から今後重要となる「日本の経営環境の変化」の仮説を立て(詳細はこちら)、第2フェーズでは、仮説を元にした実態調査により、日本の企業の現在地と今後の方向性を確認しました(詳細はこちら)。
締めくくりとなる第3フェーズでは、見えてきた「今後の方向性」に実際に向かうにはどうしたらよいか、組織運営における具体的な打ち手を提言にまとめました(提言の内容はこちら)。
その内容は、大きく分けて2つです。
1. 外発的な動機づけで働く固定的なメンバーに支えられた組織が、内発的動機づけで働く流動的なメンバー中心の組織へと移行するステップ
2. すでに内発的動機づけで働く流動的なメンバーが集う組織が、さらなる成長を目指すときに考えられる「次のステージ」のパターン
本レポートでは、この2点の背景と概要をお伝えします。
ここでは、フェーズ3で具体的な提言をまとめていくにあたり、プロジェクトメンバーが注目したポイントや、提言の内容に大きく関わりそうな論点をご紹介します。
<第3フェーズ 検討メンバー>
瀧澤暁(プロジェクトリーダー) / Thinkings株式会社 代表取締役会長
⼭⽥裕嗣(プロジェクトファシリテーター) / 株式会社令三社 代表取締役
岩⽥佑介/社会保険労務士、IPO・内部統制実務士
岩本卓也/株式会社Polyuse 代表取締役CEO
嘉村賢州/場づくりの専門集団NPO法人「場とつながりラボhome’s vi」代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授、『ティール組織』(英治出版)解説者
唐澤俊輔/Almoha LLC 共同創業者COO、デジタル庁 人事・組織開発


第2フェーズの調査では、自社の社員について「外発的な動機にもとづき、固定的・長期的・単一な組織への所属を望んでいる」とみなす企業が最も多く存在しました。本プロジェクトではそのような文化を、「D:日本型経営2.0」と名付けています。
それらの企業は、将来の社員には「内発的な動機にもとづき、流動的・短期的・複数の組織への所属を望む」タイプであってほしいと考えている割合が高いことも分かりました。私たちが「B:分人的な仕事観」と名付けた価値観です。
現状は下図の右下に位置する組織が多く、それらが左上を目指す傾向が見えたのです。

これはあくまで全体の傾向であって、すべての組織が「B:分人的な仕事観」を目指すべきだということではありません。
とはいえ、働き方において「サバイブよりも自己表現」「固定的な所属よりも流動的な所属」を望む個人が増えつつあることは明らかです。そのような働き手のニーズを満たす組織運営のあり方を検討しておくことは、意味のあることでしょう。

第3フェーズでは、前述の4象限のそれぞれにフィットする組織の特徴を「カルチャーモデルの7S」で整理しました。これは、プロジェクトメンバーでもある唐澤俊輔氏の著書『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』で提唱されているフレームワークです。

「カルチャーモデルの7S」のなかで最も根幹をなす要素が「Stance(スタンス)」です。
唐澤氏によれば、世の中の企業は「中央集権型/分散型」、「変化志向/安定志向」の2軸の掛け合わせでできる4象限のどこかに分類できます。当てはまる象限によって企業の経営スタンスが決まり、これに整合する形で7Sの各要素を整えていくことで強い組織ができていく、というのが唐澤氏の主張です(詳しくは有識者インタビュー参照)。

私たちはまず、プロジェクトの仮説である4つの世界A〜Dについて、それぞれにフィットする組織の経営スタンスを検討し、次のように分類しました。
A:ビジネスアスリート = 複数リーダー経営
B:分人的な仕事観 = 全員リーダー経営
C:私たちの組織 = チームリーダー経営
D:日本型経営2.0 = チームリーダー経営
その上で、A〜Dの典型的な組織カルチャーを7Sで整理したものが、次の表です。


「D:日本型経営2.0」の組織が「B:分人的な仕事観」に移行するということは、中央集権型で安定志向の「チームリーダー経営」から、分散型で変化志向の「全員リーダー経営」へと組織カルチャーを変えるということ。非常に大きな変革であることが分かります。
そこで私たちは、「D→B」という一足飛びの変化を目指すのではなく、「D→A→B」または「D→C→B」というステップを踏むのが現実的だと考えました。
そして、それぞれのステップにおいて必要な変化を具体的に検討した結果、「D→C→B」の方が合理的な場合が多いと判断しました。


「D→A→B」というステップを進む場合、「D→A」の移行で経営スタンスを「チームリーダー経営」から「複数リーダー経営」へと変えることになります。これは、7Sの多くの面で組織を抜本的に作り変える必要があり、非常に難易度が高いことが予想されます。
さらに、「A→B」という次の段階では、「複数リーダー経営」から「全員リーダー経営」への移行が必要です。両者は共にミッション・ビジョン・バリュー(MVV)が重視されるものの、AにおけるMVVは、権限移譲を支えるための「共通の判断基準」や「意思決定の拠り所」を提示する側面が強いものです。一方、BにおけるMVVは、一人一人が深く共感し、貢献したいという内発的なエネルギーと繋がるものであり、質が異なります。AのときにMVVに共感した人が、Bへの移行に合わせてMVVを内在化できるとは限りません。
「A→D」という移行は、グローバルで統一的な組織作りを志向する企業や、V字回復を目指す企業などで、組織の体質を短期間で急激に変革する目的で行われることがあります。ただ、そのような組織がその後Bへと移行するケースは、非常に珍しいでしょう。


「D→C→B」というステップを踏む場合、まずは「D→C」という移行が必要です。
このとき、経営スタンスについては同じ「チームリーダー経営」を保ちつつ、MVVを明文化し浸透させていくこと、個人の内発的な意志と組織の方向性の一致を重視することにより、自律的な行動・意思決定が可能でかつ、安定的な組織の状態を実現していくことになります。

次の「C→B」の移行においては、経営スタンスを「チームリーダー経営」から「全員リーダー経営」へと変える必要があります。しかし、Cにおいて「MVVの浸透」と「情報の透明性を担保する仕組み」という土台が整っていれば、所属の流動性を高めること(今いるメンバーが副業できるようにする、様々な雇用・契約形態で新たなメンバーを招き入れる等)は比較的容易に実現できると考えられます。

なお、外発的動機(サバイブモード)で仕事をしていた個人が、内発的動機で仕事をするようになる(仕事をすることが自己表現になる)には2通りの変化があると、私たちは考えました。

ひとつは、組織における既存の「役割の中」に自己表現の余地を見つけていくという変化です。
これは、人事マネジメントの世界で「ジョブ・クラフティング」と呼ばれる考え方に当たります。与えられた役割を見つめ直し、自分なりの意味づけや工夫を加えることで、組織のためだけでなく個人的にも価値を感じて能動的に取り組めるようになる、というイメージです。
もうひとつは、組織の枠組みにとらわれず、自分自身の「人生」の自己表現として仕事を選んだり創造したりできるようになる、というイメージです。
組織を「D→C→B」と移行させていくとき、「D→C」の段階では「役割の中」の自己表現を、「C→B」では「人生」としての自己表現をできるようメンバーの変化を促していきながら、そのような変化を受け止められる組織に変わっていくのだと考えられます。


個人も組織も「B:分人的な仕事観」を目指すというトレンドがあるものの、それが組織の最終ゴールだというわけではありません。第2フェーズで行った企業インタビューでは、すでにBのカルチャーをもつ企業が「次のステージ」を模索している姿も見えてきました。
典型例としては、上場前後のスタートアップ企業があります。安定性よりも仕事の面白さやパーパスへの共感で人が集まり、その時々に必要なスキルを持つ人材を集めるというスタイルでやってきたスタートアップ企業は、「B:分人的な仕事観」の組織カルチャーが自然に醸成される傾向があります。
ところが上場が可能なくらいにまで成長すると、ステークホルダーとの関係や競争環境にも変化が生じ、次のステージへの発展を求められることが少なくありません。
それらの組織が直面する変化や課題は一様ではなく、その内容によって目指す方向も異なります。私たちはヒアリングの内容を考察し、「B:分人的な仕事観」の組織が次に向かう方向として4つのパターンに分類しました。


4つのパターンの検討過程で特に議論になったのは、BからAへと移行する「計画的成長重視型」です。このパターンでは、内発的動機から生まれる自由な自己表現を重視する組織から、ルールに従って能力を発揮できるメンバーがサバイブできる組織へと変えていくことになります。
ヒアリングでは、シェア拡大や上場に伴って高まった社会や投資家からの期待に応えるために、「Bでやってきた組織を少しA寄りにしなければいけない」といった声が聞かれました。
しかし、クリエイティビティや機動力を強みとしてきた組織において、個人の自発性を制限したら強みをなくすことになるのではないかと懸念されます。私たちは、このような組織が本来必要としているのは「仕組み構築型」への移行ではないかと考えました。
メンバーが内発的動機で個々に試行錯誤をしている状態を「実験的な組織」と位置づけると、なんらかの「仕組み化」によって、個々人に熱量があるという良さを活かしながらも組織として安定的に成果が出せる状態を実現できるのではないでしょうか。


「計画的成長重視型」と「仕組み構築型」を比較すると、前者は秩序(計画)を前提に予測可能な成長を目指す組織、後者はより長期目線での成長を見込み、カオスの中からイノベーションが生まれることを期待する組織だとも言えます。社会構造や人々の意識のありようの大変化が予想され、計画を立てることが難しい今後の世界では、後者のやり方が市民権を得ていく可能性があります。


以上、私たちの提言のポイントとなる部分について、そこに至る思考過程も含めてご紹介しました。
最後に改めて強調しておきたいのは、組織のあり方に唯一の正解はなく、ひとつの組織においても、事業内容や外部環境などの変化を受けて適するあり方がは刻々と変わるということです。つまり、組織づくりに終わりはなく、また事業戦略や社会のあり方と切り離したところで組織のあり方だけを考えても上手くはいかないのです。
先に提示したBの「次のステージ」の4つのパターンのひとつに、「オルタナティブ型」があります。現状では実現のハードルが高い組織運営方法ですが、チャレンジする組織の存在が社会や人の意識に影響を与えます。その結果、将来的にはこうした組織運営に適した制度やルールができていく可能性も高まります。
変化の大きい時代には、組織を取り巻く環境を観察し、状況を把握することはもちろん大事です。その上で、自分たちが目指したい組織、理想とする組織の方向を明確にし、一貫性をもった組織と事業を作っていくことが重要です。
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