
山田:坪谷さんの2冊の本を読んで、抽象的な理論から具体的な実務へとブリッジをかけるということをされてきた方なんだろうな、と感じました。
坪谷:実は、私は具体の方から始まっているんです。もともと社員数100人くらいのIT企業でエンジニアとして働いていたのですが、現場が荒れていて。問題意識はあっても何をどうしたらいいのか分からず、創業社長に話をしに行ったんです。そうしたら「坪谷、人事やってみたら」と言ってくれて、人事の実務者になりました。
ところが、人事でいろいろなことを頑張ってみても、何もうまくいかないという現実が待っていました。そこで32歳のとき、人と組織の専門家集団であるリクルートマネジメントソリューションズ(RMS)に転職して人事コンサルタントになりました。実務の中で大量の困りごとを抱えてにっちもさっちもいかないという状況を抜け出すために、理論を求めに行ったんです。
山田:そうだったんですね。たしかに、RMSには大量の知見や理論が蓄積されていそうです。一方でコンサルタントとしては、お客さんの具体的な困りごとと向き合うことになりますね。
坪谷:おっしゃるとおりです。最初は、ベテランのコンサルタントが使っているような理論を使いこなすことはできません。人事マネージャーとして現場で必死に戦ってきたという経験が唯一の武器で、中小企業の経営者たちと本気で泥臭く戦っていくしかありませんでした。でも、そうやって戦ううちに、「フレームワークやサーベイを使うと前に進みやすい」という経験をするようになるんですよね。
例えば従業員満足度調査を使うと、組織の状況が可視化されて現場での対話が進むんです。マネージャーとメンバーの間にデータがあることで、リアルな話がしやすくなるんですね。「これ、使えるじゃん!」という実感を得てフレームワークの使い方が分かってきたのが、コンサルを始めて3〜4年目の頃です。
山田:今の坪谷さんは、フレームワークだけでなくその背景にある思想や歴史まで体系的に把握されていて、当時の様子は想像しづらいですね。
坪谷:突然人事担当者になりましたから、その頃は枠組みがなさすぎてパニックでした。専門書や他社の事例を読んでも、現実に起きている問題と結びつけることができず、どうしようもないんですよね。
わけも分からない状態で戦っていた20年前の坪谷に地図をあげたいーーそう思って書いたのが、2冊の本です。地図があればどこから勉強すればいいのかヒントになるし、戦えるだろうと。
山田:それが人事担当者に限らず、組織を良くしたいと考える様々な立場の方に届いたんですね。
坪谷:人事の初学者に届けたいという思いだったのですが、本気で書き続けた結果、マネージャーや経営者などにも役立つものになったということですね。

山田:1冊目が人材マネジメントの本、2冊めが組織開発の本という順番には、理由があったのですか?
坪谷:最初は人材マネジメントの本というよりは、私が人事コンサルとして8年間戦うなかで得た知識を全部出そうと考えていました。
それを「人事担当者として困っていた20年前の坪谷に、何を渡したら一番助かるか」という観点で整理してみると、人材マネジメント(HRM)の構造だったんですよね。それが、人事の仕事を最もよく見渡せる世界地図だったんです。
山田:結果論だったわけですね。このプロジェクトでも『図解 人材マネジメント』に掲載されている「人材マネジメントの構成要素」の図を参考にさせてもらっています。
検討の枠組み②「図解人材マネジメント入門」

(画像出典:「図解 人材マネジメント入門」坪谷邦生氏)
坪谷:まさにこれが当時の自分にあげたいと思った地図で、コンサルをしながら4年程かけて作ったものです。
コンサルとして経営者やマネージャーの方と話すと、「人事制度が何かおかしい。仕組みを変えたい」って言われるんですよ。でも、「人事制度」というのが人によって評価のことだったり報酬のことだったりとばらばらで、評価を変えたいと言われて変えたところで、異動の仕組みがないから機能しないというようなこともありました。だから、相手との間にこの図を置けば、どの部分に手を入れればよいかが分かる、というものが必要だと考えて作り上げたんです。
山田:なるほど。僕も経営者の方からご相談を受けることがありますが、ビジネスモデルやマーケティングの話と比べて人事には共通のフレームワークがなく、言葉の定義もバラバラだったりして、真の問題を掴みづらいところがありますね。
坪谷:おっしゃるとおりです。歴史的な経緯もあって、人事の言葉が正しく流通していないんですよね。だから、人材マネジメントを再定義してあげる必要があったんです。誰も地図を持っていない領域だったから、この本が売れたんだと思います。
山田:上の図では、組織開発は人材マネジメント全体に関わる要素と位置づけられています。2冊目に組織開発についての本を出したのはなぜですか?
坪谷:『図解 人材マネジメント入門』を出したとき、人事に関しては全体的に定義が揃っていない状況ではあったのですが、なかでも「組織開発」が一番ブレていると感じたんです。
一方で、最近は組織開発のムーブメントが起きつつあります。南山大学の中村和彦先生などが尽力され、注目が集まっています。そんななか、世間における組織開発の理解のブレに専門家も実務家も苦しんでいるのが見え、組織開発についての定義を揃えてあげるのがみんなのためになるのではないかと考えました。人材マネジメントの次は組織開発の地図を提供しようと決めたんです。

山田:今回のプロジェクトでは、プロジェクトメンバーでもある唐澤俊輔さんが『カルチャーモデル』で提唱している「カルチャーモデルの7S」というフレームワークで、組織の打ち手を考えてみたんです。
想定する検討の枠組み

(画像出典:「カルチャーモデル 再考の組織文化の作り方」唐澤俊輔氏)
ベースになっているのはマッキンゼー・アンド・カンパニーの7Sで、そのうちの「ストラテジー」を「スタンス」に変えて「カルチャーモデルの7S」としています。唐澤さんは、世の中の経営におけるリーダーシップのスタイルは4つのタイプに分けられ、このどれを選択するかで経営のスタンスが決まる。そのスタンスと、ほかの6つのSとを整合性のあるものにすべきだ、と主張しています。
Stanceのマトリクス

(画像出典:「カルチャーモデル 再考の組織文化の作り方」唐澤俊輔氏)
プロジェクトでは、組織の現状とこれから目指したい姿を、所属するメンバーの仕事観や働き方という切り口で4つに分類しました。それを先の4つの経営スタンスに当てはめ、それぞれどのようなカルチャーを作っていく必要があるのかを7Sで整理しました。
ABCDごとの典型的な組織運営(カルチャーモデルをもとに検討)

(画像出典:「カルチャーモデル 再考の組織文化の作り方」唐澤俊輔氏)
そうすることで、現状からありたい姿へと向かうに当たり、何を変えなければいけないかがよく見えてくるんです。
ただ、これを人事担当者の視点で見ると、若干扱いづらいという実感があるんですね。経営者と人事担当者で、見ているレイヤーが違うからだと思うのですが。
坪谷:たしかに、人事の実務という点では7Sでは整理しづらい部分があります。
山田:組織の全体像を捉えるのに扱いやすいフレームだったのでこれを採用したのですが、実務に展開するにはどうしたらいいのかというところが課題です。
坪谷:例えば、皆さんが整理されたA、B、C、Dの7Sを、一度フレームから出してしまってKJ法でくくり直し、自分たちなりの枠組みを作ってみたらどうでしょうか。
コンサルタントはフレームワークに頼りたがるものですが、本当はフレームを作る側にならないといけないと思うんです。実務では、自分の中から生まれ出てくるものでないと使えませんから。

山田:いま、既存のフレームワークは実務では使えないというお話がありましたが、20年前の坪谷さんの状況を考えたとき、知識やフレームワークも重要だからこそ『図解 人材マネジメント入門』を書かれたわけですよね?
坪谷:人事の実務者なのであれば、人事として苦しんだ私が作ったフレームワークは比較的、使いやすいはずです。逆にコンサルの実務者であれば、7Sで説明した方がそこから先のビジネスにつなげやすく、使いやすいということになるでしょうね。だから、誰がなんのために使うのかということが重要なんです。
山田:経営者の場合、コンサルタントと話すときの経営目線も必要だし、人事の実務担当者の目線も必要で、両方の頭を使うことになります。そのときに、ひとつのフレームワークでは語りきれないところがあるのでしょうね。
坪谷:おっしゃるとおりです。「鳥の目、虫の目……」みたいな話ですよね。私は「鳥の目も持っていなければいけないし、虫の目も持っていなければいけないけれど、最後は人の目で決める」という考え方です。
そもそも人間というのは、簡単にフレームワークを当てはめられるようなものではないんです。モチベーション理論がそのまま適用できるわけでもなく、ときにX理論でときにY理論、というような矛盾した塊が人間なんですよね。組織はそういう人間の集団なのだから変数は膨大で、それに対してフレームワークを当てはめられると思うほうがおかしい。結局、「人間の目」で見るしかないんですよ。
山田:人事担当者や経営者が理論やフレームワークを知っていることは、それはそれで大事だけれど、いい道具を手に入れたからそれで切り刻めばいいという話ではない。組織は自分も含めた人間の集合体なんだというリアリティに根ざした、個別具体的な働き方をしていかなければならない、ということですね。
坪谷:はい。知識やフレームワークそのものは重要ではありません。大事なのは、それが何に根ざしたものなのかを理解することです。
だから、「ティール組織」という考え方が流行しましたが、その本質ではなく表面的な理解のみが広まっていくようにも見えました。そんなときに山田さんは、ティール組織を河合隼雄に寄せて理解されようとしていましたよね。河合隼雄とつなげることで、ティール組織が何に根ざしているものなのか、山田さんなりに捉えようとされているのが素敵だな、と思いました。
山田:ありがとうございます。その話もぜひ深堀りしたいところですが、時間が足りません(笑)。

山田:このプロジェクトでは、組織を取り巻く社会と個人の変化について仮説を出す「フェーズ1」、日本の企業の経営陣を対象としたアンケートとインタビューで仮説のリアリティを確かめる「フェーズ2」、調査結果の分析に基づいて、組織が環境変化に対応していくための打ち手を提示する「フェーズ3」の3つのステップを踏んできました。
先にご説明したとおり、所属するメンバーの仕事観や働き方という切り口で組織のカルチャーを4つに分類したところ、調査では現状は4象限の右下の「D:日本型経営2.0」に該当する企業が多く、将来目指したい姿としては左上の「B:分人的な仕事観」が多い傾向がありました。そこで、全体的なトレンドとしては「D→B」という変化が起きると見込み、その移行方法を「カルチャーモデルの7S」の理論を活用して提示しようとしています。
【個人の変化】回答/現状を起点とした目指す姿

ただ、これは必ずしもBに移行しなければいけないというわけではなく、各企業がどのスタンスをとるべきかに正解はないと考えています。社会の変化は押さえた方が良いと思うのですが、その上で自分たちはどこを目指すのか、その決め方はどうあるべきだと思いますか?
坪谷:ひとつは、『ビジョナリー・カンパニー』の「針鼠の概念」です。『図解 組織開発入門』でも少し紹介しているのですが、「情熱をもって取り組める」「経済的原動力となる」「世界一になれる」という3つの輪が重なりあうところ(針鼠の中心)に経営資源を集中させるシンプルな戦略を取れと、著者のジム・コリンズはしつこく書いています。まずは針鼠の中心がどこにあるのかを、徹底的に考え尽くすことです。
それと、『ティール組織』で言われている組織の発達段階や、その元となっているケン・ウィルバーの意識の発達理論において、必ずしも上の段階に行けば行くほどよいというわけじゃないですよね。まずは今の自分たちの段階で健全であることが、一番大事だと思います。
山田:なるほど。
坪谷:ケン・ウィルバー『インテグラル理論』によれば、アンバーの段階にある人が40%いるそうです。明確なルールの中で、指示されたことをちゃんとやることを大切にする人たちがそれだけいるんです。その人たちは中央集権型で安定志向の「D:日本型経営2.0」を好むと思います。
オレンジの段階にある人も30%います。合理的で目標達成こそが幸せだと感じるその人たちは「A:ビジネスアスリート」の会社を求めていると思います。しかし彼らも今は健全な状態にあるとは言いづらい状況です。
そう考えると、別の象限に移行することよりも、それぞれの段階にある組織がその段階において健全であるにはどうしたらよいかという議論の方が大事なんじゃないでしょうか。

山田:そのとおりですね。今回分かったこととして、全体的な傾向としては「B:分人的な仕事観」を目指す会社が多いものの、すでにBに位置する会社もいろいろ悩んでいるんです。中でも、これまでは個人の自己表現を重視してきたけれど、これからは少しサバイブを意識する方向に変えていかなければ、という会社が目立ちました。
会社が上場したりすると、ステークホルダーとの関係性や、より大きな社会的インパクトを目指すという観点から、そういう考え方が出てくるようです。
でも、僕らは「それって、本当かな?」という議論をしました。社員の自己表現を諦めなくても、社会的インパクトを生み出す仕組みをつくることは可能なのではないかと。今は「仕組み化する」というとどうしても、「社員の自由を制限し、アメとムチで動かすということですね」という理解になってしまっているのではないかと思うんです。
坪谷:人間は自己表現とサバイブの間を常に行き来するし、常に一体だというのが現実だと思いますね。だから、どちらかであることに囚われすぎるのは良くないでしょう。
私が人事顧問として関わっている企業でも、まさにそういう段階に直面しています。これまでは明らかにグリーン組織だったところからオレンジに寄っていると、社員は感じているでしょう。
これはなぜかというと、ビジネス環境上、今は勝負に出て勝ち抜かなければいけない瞬間なんです。「自社の良さがなくなってしまう」「オレンジ組織になっちゃうの?」と不安になっている社員に対して、私はティールやグリーンの中にオレンジが内包されていて、オレンジとして勝たない限りその先はないのでは、という話をしました。
サバイブしないと生きていけないというのは、人間として当たり前の話ですよね。当たり前のことをやり切らないと、次へは行けないんです。これの一番わかりやすい例がザッポスで、経営者のトニー・シェイはオレンジ組織の世界で勝ち続けたからこそ、グリーンの世界に移行し、ティールに挑戦することができたわけです。
山田:確かに。
坪谷:今の状況で飽き飽きするほど勝って、それではモヤモヤするというところ、自己概念の殻を破るところまでやり通すことが大事です。だから、まずは各象限で本気でやり通すことだと思います。
山田:ある象限から別の象限へと移行することは困難な道のりですが、今いる象限において健全さを追求することも、それはそれで壮大な道のりであり、挑むべき高い山であるということがよく分かりました。
坪谷:フレームワークは方便でしかないから、何のために使うのかが大事で、その意志が「私から出ずる」ということが重要だと思うんです。同様に、組織のあり方を移行するのであれば、「私がそれを求めるのはなぜか」ということを問うべきだと思います。
山田:どこに向かいたいのかについて、共通の答えはないということですよね。坪谷さんが戦うための地図として本を書かれたように、僕らも、それぞれの組織で自分たちなりのありたい姿を考える枠組みを提供したいんだな、と感じました。
坪谷:そうです。だから、山田さんがこのプロジェクトに取り組むのはなぜか、山田さんの内側にあるものに、私は興味があるんです。
山田:またゆっくりお話しさせてください。ありがとうございました。