組織再考ラボ(Re-Thinking Organizations Lab)
戦略コンサルから人事へ。共進化の原点
──人事領域に軸足を移された転機について教えてください。
キャリアのスタートは農林水産省でした。行政の仕事にもやりがいは感じていましたが、20代後半になった頃「世界は政策だけでなく、ビジネスによってダイナミックに動いているのではないか」と思うようになったんです。もっとビジネスの現場を知りたい。そんな好奇心からフルブライト奨学生としてビジネススクールでMBAを取得し、戦略コンサルタントに転職しました。
ポートフォリオを分析し、投資・撤退すべき事業を提言する。企業の成長戦略を描くコンサルタントとしての役目を果たしてきましたが、一方でジレンマも感じました。どんなに美しい戦略も、実行する人がやる気にならなければ絵に描いた餅で終わってしまうんですよね。
その後、縁あってファイザーやノバルティスといった外資系企業で人事リーダーを務める機会をいただき、実行する側の機会を得ました。そこで見たのが「人が強ければ世界に勝てる」という信念です。彼らは人に本気で投資していました。人的資本経営という言葉が生まれるずっと前から、それを実践していたんです。
こうした経験を重ねる中で、一人ひとりが主役となり、学びと挑戦を繰り返しながら事業や社会の課題に取り組む時代が来ると感じるようになりました。その思いを形にした著書『人事変革ストーリー 個と組織「共進化」の時代』も2023年に出版しました。「共進化」という言葉が特にこだわったポイントです。
会社が進化するには人の進化が必要であり、人が進化するには組織の進化が必要。その両輪を回し続けることが、これからの時代に求められていると考えているからです。
稼げる人事、血の通った人事であれ
──外資系企業で培った人事観についてお聞かせください。
人事制度を変えるには、経営陣の承認が必要です。予算もつけてもらわなければならない。人事の仕事も営業がキモ。だから私は「関わる人は全員お客様」だと思って仕事をしてきました。
経営陣も、現場の社員も、投資家もお客様。こうしたお客様に納得してもらうには、ロジックだけでは足りません。なぜなら、人事施策の効果は事前に証明できないからです。
大事なのは、「人事制度を変えたらいいことが起きるかもしれない」という期待感を持ってもらうこと。ストーリーで語り、心を躍らせる。人事とは、そういう仕掛け人なんです。
私自身、転職するたびに人事制度改革を任され、気づけば5〜6回は制度を作り直してきました。相手の反応を見ながら戦略を練り、経営陣が「よし、やろう」と動いてくれるまで語り続ける。その瞬間がたまらなく嬉しいんですよね。ロジックが6割、ストーリーが4割だと思って、周りをワクワクさせることに心血を注いでいました。
だから私は「稼げる人事であれ、血の通った人事であれ」と言い続けています。事業が成長する土台をつくり、社員の心に火をつける——この二つを両立できれば、人事は経営の駆動力になれます。外資で学んだこの信念を、日本企業にももっと届けたいですね。
変化を組織に埋め込む。日本企業の処方箋
──先ほど「型にはめて枝葉の数字ばかり並べてしまう」というお話がありました。なぜ日本企業は先進事例をうまく取り入れられないのでしょうか。
日本企業がすべてをなげうって欧米流に移行すべきだとは思いません。ジョブ型かメンバーシップ型か。よく二項対立で語られますが、どちらにもいいところがある。メンバーシップ型には雇用が守られる安心感があり、それが人の力を引き出す土台になります。継承されてきた慣行には意味がある。それを無視した変革は、うまくいきません。
大事なのは、一気に変えようとしないこと。小さな変化の成功体験を積み重ねていく。そういう漸進的なやり方が、日本企業には合っていると思います。
私がノバルティスで実践してきたサクセッションプラン(後継者育成計画)は、まさにそうした仕組みの一つです。今すぐ抜擢するのではなく、主要ポジションごとに「すぐに任せられる人」「5年後」「10年後」の3階層で後継者候補を選び、強みと課題を明確にしながら計画的に育成していく。こうした仕組みを根付かせることで、組織は継続的に進化できるようになります。
人材配置も同じです。「適所適財」という考え方は広まってきましたが、私はそこに「適時適量」の視点を加えたい。どの部門に、いつ、どのくらいの人材が必要か。常に問い続け、一人ひとりが少し背伸びしないと回らないくらいの緊張感をつくる。それが成長を促す環境になるんです。
心に火をつける仕掛け人として
──組織を継続的に進化させていくために、人事は何を大切にすべきでしょうか。
エンゲージメントサーベイを導入する企業が増えていますが、スコアが上がったと報告するだけでは意味がありません。大切なのは、むしろ低いスコアの分析。
何に幻滅しているのか、現場のヒアリングも欠かせません。みんなの心に火をつけるにはどこを変えればいいのかを、経営として真剣に考えることです。
ある企業で、延べ600人の従業員を対象に実施したエンゲージメントサーベイのフォロー対応をしたときに印象的だったのは、社員の表情が変わっていく瞬間でした。自分たちの声を、経営が聞こうとしてくれている──その実感が、人を動かすんです。
ただ、社員の心に火をつけるには、社内の取り組みだけでは限界があります。これからの時代、決まった路線はなくなり、自分で道を切り拓いていくしかない。だからこそ、一人ひとりが社外に出て人脈を広げ、越境学習を通じて視野を広げることが重要になります。
私がCHROを務めていたロート製薬では、ある若手社員が複業でビール醸造所を立ち上げ、その挑戦が結果的に会社のパーパスを広げることにもつながった例もあります。自社で育てた人材は、たとえ外で活躍しても社会的資産です。そう考えれば、企業がインタープレナー(越境人財)を応援する意味も見えてくるはず。
人事の仕事は、みんなの心に火をつけること。明日も会社に来て「よし、頑張ろう」と思ってもらえる環境をつくること。日本企業はまだまだやれますよ。人事が強ければ世界に勝てると、私は信じています。