組織再考ラボ(Re-Thinking Organizations Lab)
生成AI活用失敗の8割は「文脈情報の欠落」に起因する
──採用領域での生成AI活用で、具体的な成果が出ている事例を教えてください。
スカウトメールの作成は、生成AIの活用で成果が出やすい領域です。私の顧問先では返信率が従来の2倍に向上しました。主要なスカウト媒体は1通あたり3,000〜4,000円のコストがかかりますから、費用対効果は大きいと言えるのではないでしょうか。
一方で、多くの企業が失敗するのも見てきました。そこから見えてきたのは、よく言われる通り、生成AI活用の失敗の8割は「文脈情報の欠落」に起因しているということです。
今まではプロンプトの改善でどうにかしようとする発想が主流でしたが、それでは限界があります。例えば、私がGoogleの生成AIサービス「Gemini」のカスタム機能であるGemで構築したスカウトメール作成の仕組みには、会社の事業内容、文化、社員情報など約200行のデータをあらかじめ組み込んでいます。この情報が十分であれば、採用したい人の特徴を入力するだけで、それに合わせて自社の魅力を反映したスカウトメールの文面が生成できます。例えば「部活に打ち込んだ経験があり達成意欲の高い人」などの文言ですね。
少し荒い言い方かもしれませんが、正直なところ、人間が書くスカウトメールの方が「雑だな」と感じることが多いんです。実際、LinkedInで「経歴を拝見しました」という書き出しから連絡をいただくこともあるのですが、私のキャリアとまったく合っていないポジションの提案をされることがあります。そんな連絡をもらったら、「一体、何の経歴を見たのか」と言いたくなりませんか。
一人ひとりにスカウト文をカスタマイズする時間がないのなら、まずAIにたたき台を作ってもらい、人間がチェックして修正する方が何倍もマシです。顧問先の例と同じく、きっと返信率も上がるでしょう。こうした活用の肝はいかにプロンプトを工夫するかではなく、いかに前提情報を整備するかです。これが生成AI活用における、今後の大事なポイントになります。強調しますが、もうプロンプトが重要ではないのです。
「型化」なくして改善なし。まずは一つ作ってみる
──本格的に採用領域で生成AIの取り組みを始める企業は、何から始めるべきでしょうか。
まずはGemやGPTsのようなカスタム生成AIを一つ作ってみることです。毎回プロンプトを書いていては使うたびに出力がばらつき、どこを直せばよくなるのかがわかりません。型にしておけば、同じ条件で繰り返し使いながら「この前提情報が足りなかった」「この項目を追加したら精度が上がった」と検証できます。
採用領域で型化しやすい業務は、スカウトメールや求人原稿の作成など、いずれも共通するのは、「参照させるデータが揃っているかどうかが成否を分ける」ということです。自社の事業内容や募集ポジションの内容、選考での評価基準など、正確なデータさえ整備されていれば、プロンプトの書き方が多少雑でも十分な品質のアウトプットが得られます。
ただし、生成AI単体でできることには限界があります。候補者へのメール対応を完全に自動化しようとすると、「この人は一次面接の結果待ち」「この人は来週最終面接」といった選考ステータスが必要になります。こうしたリアルタイム情報は、選考プロセスを一元管理するATSのようなシステムがなければ参照できません。選考プロセスや応募者情報など、データ基盤と連携することで生成AIの可能性をさらに広げることができます。
「自分だけ使える」は属人化。AIアーキテクトへの転換
──生成AIを使える人が増えてきた企業では、次に何が課題になりますか。
属人化です。生成AIの活用が進むと、業務知識が豊富でツールにも詳しい人が圧倒的な成果を出すようになります。しかし、その人だけが成果を出しても、組織全体の生産性は上がりません。その人がいなくなれば元に戻ってしまいます。
だからこそ、業務知識がある人は「AIを使う側」ではなく「AIを作る側」に回るべきだと考えています。私はこれを「AIアーキテクトモデル」と呼んでいます。スカウト作成が得意な人であれば、自分のノウハウをGemやGPTsに型として落とし込み、人事経験が少ない人でも同じ品質のスカウトが作れる仕組みをつくるようにする。こうすることで、個人の能力が組織の資産に変わります。
この転換を進めるには、評価制度の見直しが欠かせません。今までの評価は「自分が成果を出したか」が軸でしたが、これからは「自分のノウハウを型化して、他のメンバーの成果向上に貢献したか」を評価すべきではないでしょうか。スカウトメールで言えば、”返信率2倍”という成果を一人で出すより、その仕組みを展開して組織全体で成果を上げる方が、インパクトは大きいはずです。
ある企業では人事評価項目に「生成AI活用力」を組み込み、昇格要件にしています。単に「生成AIを使えるかどうか」ではなく、リスクを理解した上で活用できているか、創造的な判断に活かせているか、事業成果につなげられているか、という観点で評価している。活用の有無ではなく、「活用の質と組織への貢献」を制度として問うている点が本質的だと思います。
人事は「AIエージェントを採用する」意識を持て
──これからの人事の役割は、AI活用によってどのように変わっていくのでしょうか。
これからの人事は、人を採用するだけでなく「AIエージェントを採用する」役割を担うことになると考えています。どの業務を人が担い、どの業務をAIエージェントに任せるのか。その判断と設計は、評価制度や人材配置、採用業務を管掌する人事だからこそできる仕事です。生成AI導入の主役は人事が担うと言っても過言ではありません。
では、人の介在価値はどこに残るのか。私は3つに集約されると考えています。まず「目的を決める」こと。どんな組織を作りたいのか、どんな人材を採用したいのか。この内発的な意思決定はAIに外部化できません。次に「逆算して戦略を作る」こと。目的から必要な打ち手を設計する思考です。そして「ブランディング」。自社の魅力をストーリーとして伝え、候補者や社員を惹きつける。この3つができれば、現場の実務はAIエージェントに任せられる時代が来ます。ライティングやマーケティング、プログラミングといった具体的な業務スキルはAIが代替できる。極論すれば、目的設定や戦略構築、ブランディングといったソフトスキルだけで生きていけるかどうかが問われる時代になるのです。
そんな中において、組織づくりを担う人事にこそ問い直してほしいのが「なぜうちの会社が存在しているのか」という根源的な問いです。生成AIを使えば誰でも一定レベルの仕事ができるようになります。どの会社も同じような品質のアウトプットが出せるようになったとき、差別化要素は「人」と「組織の目的」にしか残りません。
生成AIは掛け算の技術です。元の数字が「0」であれば、いくらAIという「100」を掛けても答えは「0」のまま。だからこそ、組織としての起点=「1」をどう作るかが問われています。