
山田:まずはじめに、シナリオ・プランニングについて簡単にご説明いただけますでしょうか。
新井:もともとは石油会社のロイヤル・ダッチ・シェルが作ったものだと言われています。未来のことを予想するのが難しいような“不確実”な状況に対処するための手法がないかということで、いろいろな試行錯誤が行われた末に生まれたようです。
“不確実”とはどういうことかというと、私は「設定した期間において複数の可能性が考えられるもの」と定義しています。いくつかの可能性があって、そのどれが現実になるかは分からないから絞り込めない。つまり「どちらも考えておいた方がいい」と思われるようなことに注目して未来のことを見ていくのが、シナリオ・プランニングだと言えます。
具体的には、次の7つのステップで進めていきます。

(画像提供:新井宏征氏)
まずは「①シナリオテーマ設定」ということで、検討するのは何年後のことで、場所はどこで、日本社会についてなのか自動車業界なのかといった、シナリオを作る範囲を決めます。
それに基づいて、関係しそうなものごとをたくさん調べようというのが「②外部環境要因リサーチ」です。
「③重要な環境要因の抽出」では、そうやって洗い出した環境要因を、不確実性の高低と設定したテーマに対する影響度の大小で分類します。
先ほど「シナリオ・プランニングは不確実なものを見る」と言いましたが、色々と外部環境要因を洗い出してみると、「これはほぼ確実に起こるだろう」というようなものも出てきます。例えば2030年という時間を設定したとき、少子化や高齢化、技術の進化はほぼ確実に起きることです。このようなことをきちんと整理しておこうというのが、「④ベースシナリオの作成」です。
その上で、不確実なものを元にして「⑤複数シナリオの作成」をしていきます。そしてそれをさらに深めていくのが「⑥シナリオ詳細分析」です。例えばある一人の登場人物を想定して、シナリオによって置かれる状況や行動がどう変化するかを描き出してみたりしながら、各シナリオの理解を深めていきます。
「社会」の変化

(組織再考計画で作成した「複数シナリオ」のひとつ)
ここまでが、設定した未来の時点でのことを考える段階です。それに対し、自分たちが今からどう対応していくのかを考えるのが「⑦戦略オプション検討」のステップです。

山田:新井さんの『実践 シナリオ・プランニング』では、シナリオ・プランニングの効果を発揮するには、「未来創造OS」を活用することが重要だと説かれていますね。
新井:はい。私もシナリオ・プランニングを始めた当初は、7つのステップをきっちりやって複数シナリオというアウトプットをつくることに意識を向けていました。そうすると、その場では盛り上がって「いい対話ができたね」という雰囲気になっても、しばらく経つと「今期の目標達成が大変で、10年後のことなんて言ってられない」といった感じになり、せっかくのシナリオが活用されないことがよくありました。単発の研修をやったのと変わらないような結果になってしまうわけです。
また、シナリオを作るという作業自体がうまく行かないこともありました。皆さんの視野を広げようと「こんな軸はどうですか?」と投げかけると「そんな未来は起きるわけがない」とう反応が起き、しまいには「この先はどうなるか分からないような話を、一日かけてやっても仕方ないだろう」と責任者が怒り出すこともありました。
そのような経験を経て「これは形だけを整えても意味がないな」と分かったんです。シナリオ・プランニングがうまくいったかどうかを左右するのは、複数シナリオの出来の良し悪しではないんですよね。それまでは持っていなかった視点を持つことができ、そこから「もしこれが起きたら、自分たちはどうするだろう」みたいなことを考えられるようになるかどうか、だと思うんです。そのために必要なのは、「枠組みの見直し(reframing)」と「認識の見直し(reperception)」、それらの「内省を伴った繰り返し(reflective iteration)」の「3つのR」だと考え、それを「未来創造OS」と呼んでいます。
シナリオプランニングの土台となる「未来創造OS」

(画像提供:新井宏征氏)

山田:今回のプロジェクトで仮説を出すためにシナリオを作ってみようとしたのですが、ステップ③の「重要な環境要因の抽出」のところでかなり難航しています。社会的に重要でテーマに対する影響度も高いと感じられる環境要因がいくらでもあり、4つのシナリオにつながる2軸を選ぶのが非常に難しく思われるんです。軸を選ぶときのポイントのようなものはありますか?
新井:一番基本になるのは、不確実性が高く、設定したテーマにとって影響が大きいということですね。加えて、なるべく幅広い視点につながるようなものが良いです。
例えば自動車業界のシナリオを考えるとして、「今後EV化が進むのかどうか」みたいな軸よりも「今後、日本の環境規制が大きく進むか」というものの方が望ましいでしょう。「EV化」は確かに自動車業界にとっては重要ですが、もう一歩引いて「何がEV化を促進するのか」を考えてみるのです。因果関係で言うと、原因の方に近いものが良いです。
山田:原因に近い軸を取ったほうが、幅広いシナリオができる可能性があるということですか?
新井:そうですね。もうひとつ言うと、2つの軸の組み合わせも重要です。どうしても自分の業界に影響を与える軸に関心が向きがちですが、例えば自動車の会社であればひとつはサービスの提供者に影響があるものを、もうひとつはサービスの利用者に影響があるもの、といった形にした方が、有益なシナリオができるはずです。
山田:軸になり得るものを「②外部環境要因リサーチ」で洗い出し、「③重要な環境要因の抽出」で不確実性と影響度を見ながら色々と出してみるというフェーズを経た上で、自分たちのテーマに対して一番筋がよく、幅広く見ることができるレンズとしての2軸を探し出す、ということですね。

山田:新井さんにはこのインタビューの前に、僕たちのプロジェクトでやろうとしていることを聞いていただきました。どんな軸を選ぶと良さそうでしょうか?
新井:そうですね……。例として、千葉県松戸市の総合計画を検討するために作られたシナリオをご紹介します(前掲の図参照)。
松戸市の職員と市民の方々が一緒に作成し、できあがったシナリオを読みながら「こういう状況になったら、松戸市はどうするの?」ということを考えていきました。地域の戦略策定を行政の担当部署だけに任せるのではなく、「これは行政でやってよ」、「こっちは自分たちでやろうよ」といった形でいろいろな立場の人たちが考えることができるように、シナリオ・プランニングを使ったわけです。
『2030年の日本における私たちの暮らし』複数シナリオ

(出典:千葉県松戸市の「まつど未来シナリオ会議」)
この松戸市のシナリオは、「多様性の受容度」と「新技術の普及状況」を軸にとっています。その結果、右上が「多様性が幅広く受容されていて、技術も普及している」という良い未来、左下は「多様性の受容度が限定的で技術もあまり普及していない」という現状に近い状態になっています。
一方、次の「働き方の未来2027」は、我々が世の中に公開する前提で様々なシナリオを作ってみたものの一つです。縦軸は雇用のあり方、横軸は人事評価のあり方がどう変化するのかということを示しています。
「働き方の未来2027」4つの世界

(画像提供:新井宏征氏)
このような軸のとり方をすると、先ほどの松戸市のシナリオとは異なり、明らかに右上が良くて左側が悪いということにはなりません。若干、右上の方がポジティブな描き方をしていますが、右上になっても課題はあり、左下にも良い面がある。見る人によって捉え方が異なります。
今回の皆さんのプロジェクトの場合も、4つの世界のそれぞれに良い面もありつつ悪い面もある、というものにした方がいいのではないでしょうか。
松戸市の場合は様々なステークホルダーが集まる場でしたから、「シナリオなんて難しいこと分からないよ」という雰囲気になる可能性もありました。それでも、街の未来を良くしていくために必要なことを考えようという会議ですし、ポジティブなことならみんなが話しやすい。「とりあえず、右上の部分から話してみませんか?」という形で始めれば、話し合いができます。
一方でビジネスの戦略を考えるような場合は、すごく良い未来のことを話すよりも、悪いシナリオについて「これを良くしていくためにどうするのか」ということを考えた方が、パワフルなアイデアが出てくることが多いです。ですので、4つのうちどれが良い、悪い、みたいな色が透けて見えすぎない方が、良い議論ができる可能性が高いと思います。
山田:なるほど、非常によく分かりました。
プロジェクトのこれまでの会議では、「経営全体に影響を与えるような大きな変化ってなんだろう?」という観点で様々な要素を出してきました。組織や世の中の流れを客観的に解像度高く見られるメンバーが集まっているので、本当に多くの着眼点が出てきます。ただ、このような問いでは、現場のリアリティが感じられるような要素が出てきづらいんですよね。
そこで、例えば嘉村賢州さんであれば「ティール組織の先の組織はどうなっていくのか」とか、京都でNPOをやっている立場から見えている世の中の変化だとか、メンバーそれぞれがリアルに感じている変化の兆候を元に、その原因となるような事象を考えてみるのがいいんじゃないかという話をしました。
新井:良い方法だと思います。
松戸市の会議でも様々な軸の案が出てきて、どれをプロジェクトの軸として選ぶのかというところで議論になりました。それでどうしたかというと、自治体ですから説明責任があるわけですよね。「どうしてこの軸なのか」ということを議員さんなんかに説明できなければいけません。
そこで、自治体の変化とそれが市民に与える影響を考えるときに何を考えておいた方がいいのか、軸そのものというよりは、軸の選び方の議論をしました。その結果、市民や職員の方々がリアルに感じていることを元に、技術の変化と外国人の市民の増加という観点は外せないという点を握ったのです。その上で出てきていた軸の案を再検討し、最終的な軸が決まっていきました。
皆さんの場合も、「今後の組織はどんなきっかけで変わっていくのだろう」とか「何が働き方を変えていくのか」といった議論を挟むと、「なぜ私たちはこの2軸を選んだのか」ということをきちんと語れるようになるはずです。そのコンセプトを議論するということが大事なのだと思います。

山田:新井さんにアドバイスをいただいて、このプロジェクトでのシナリオ作成の道筋がかなりイメージできるようになりました。
これまで、組織に影響を与える変化は何かという視点で考えてきたのですが、議論の中では働く個人の意識の変化についての意見もかなり出たんです。今のお話を伺って、組織の視点での軸と個人の視点での軸を組み合わせるのが良さそうだと感じました。
新井さんから見て、僕らのシナリオにこういう要素を入れたら良さそうだと感じられることはありますか?
新井:具体的な環境要因ということではないのですが、詳細分析の際の切り口で、社会のリアリティを反映させられると良いのではないかと思います。
というのも、「個人の価値観」みたいな話って、今はとても細分化されていてひと括りにはできないんですよね。いろいろな企業でシナリオづくりをやっていると、最初の方に出てくるのが「SDGsって言ってるんだから、環境意識は高まるでしょう」という見立てだったりするのですが、みんなの意識が同じように高まるわけではありませんよね。同じように「◯◯世代はこう」とか「都心はこうで、地方はこう」みたいなことも、一概には言えないわけです。
だから、例えば都心のど真ん中で働いている人たちが作るシナリオに「地方創生」というキーワードが出てきたときは、「皆さんにとっての『地方』ってなんでしょう」みたいな議論をします。シナリオを単なるお絵かきに終わらせないためには、言葉のイメージと自分たちの実感の結びつけることが重要だと思います。それを詳細分析のときの登場人物に反映させるようなことができれば、面白いものになるのではないでしょうか。
山田:ありがとうございます。この間も議論になったのですが、プロジェクトメンバーは「都心で働いている」「男性中心」「ソーシャルグラフ(?)も近い」など、見ている世界に偏りがあるんですよね。逆に、「地方で働いている」「非正規での雇用」など、関わりが少ない属性の人も沢山いるのだろうなと思っています。
そのことに無自覚でいるのは危険だという思いがありつつ、そういう観点までシナリオに入れようとすると話が大きくなりすぎそうで難しいな……と感じていました。
ですが、新井さんの今のお話はとてもヒントになりました。詳細分析を作るときの登場人物として考えてみるという形で考慮に入れることができるわけですよね。それでも難しさはありますが、進めてみたいと思います。
新井:そうですね。「働く人ってこうだよね」と無自覚に自分たちの感覚を反映させるのではなく、認識の枠組みを広げてみるような議論が大事ですよね。
山田:今作ろうとしているシナリオはプロジェクトの仮説となるもので、次のフェーズでは、それを元に企業アンケートなどを通してファクトを確かめていくつもりです。その結果、「仮説がちょっとずれてたね」というのもありだと考えています。
このプロジェクトの最終的な目的は、不確実な環境変化を前に、「人が働くとはどういうことか」「これからの組織運営はどうあるべきか」といったことまで考えた上で、人事や評価制度に落とし込んでいこうよというメッセージを発することです。日々の経営活動に邁進している人たちに少しでも「そうだな」と思ってもらうには、僕らの思考過程も見てもらうのが良いと思うんです。そういう意味で、仮説出しのフェーズから試行錯誤のプロセスも含めてレポートを公開することにしました。
新井:シナリオというのは、出来上がったものだけ見ると「当たり前」とか「なんだ、こんなものか」と感じられたりするものもあるんですよね。ですが、それが出来上がるプロセスが見えると納得度が高まるということがあります。そこからオープンにして議論ができるというのは、とても良いですね。